Curious Cat

RAYCRISIS

Episode 4

第4話 彼女の目的

Dear Dr. Jannet
 小隕石とのニアミスという不幸な事態で私を除く全員が死亡して、既に6ケ月、まさに糸の切れた凧のように私を乗せたこの船はあてもなく銀河をさまよい続けています。私はたまたまリモートカメラの修理の為、船外に出ており一命を取りとめましたが、船内は一瞬にして何もかも、それこそ悲鳴すらも真空冷凍パックされてしまったのです。しかし私のリタイアもそんなに先のことではないような気がします。一人きりになってしばらくはシステムの修復やクルーの葬儀、研究データのパッキング、報告書の整理、継続できる実験の再開、等々、に追われ忙しい日々を送りましたが、既にやるべき事はすべてやり終えました。さらに研究書や小説、詩、学術書やマシンマニュアルまで文字の書いてあるものはすべて読み尽くしました。ここ最近は“餓死よりもましな死に方についての考察”をテーマに日々考え続けており、かろうじて退屈だけは免れています。冗談はさておき、やはり私が一番悲しみ苦しんだのは、娘のドナを失ってしまった現実を受け止めることでした。そんなとてつもない孤独と絶望の中で正常な精神状態を保っていられたのは“私だけが何故生き残ってしまったのだろう”というごく単純な疑問に対する回答を探し求めたことでした。その答えは、不遜な言い方かも知れませんが、私が特別な存在であることを神が示しておられる、ということだったのです。私は選ばれた人間なのだ、私にはやるべきことがまだあるのだ、と。そしてこの言葉をくる日もくる日も精神的な苦痛が襲ってくる度に呪文のように唱え続けたのです。そんなある日、私は重大な思いつきに出会いました。それは、私が船外にいる時に隕石が船を襲ったように、私がこうして銀河をさ迷っている間に地球という船を巨大な隕石が襲ってしまったら一体どうなってしまうのかという恐ろしい思いつきでした…。それは思いつきというよりも神の啓示に近い物でした。恐ろしい程の巨大な天体の真っ赤に燃えるガス状の尾びれ、その重力によって起こる海面の上昇、摩天楼を押し流してしまうほどの巨大な津波、それらのビジュアルを私ははっきり思い描く事ができたのです。そして、確信したのです。これは既に現実として今地球で起こっている出来事か、もしくは近い将来確実に起こる出来事なのだ、と。その瞬間私の中ですべてのストーリーが一つにつながったのです。遺伝工学にたずさわる科学者をただ一人生き残らせた理由も含めてすべて。

 それから彼女を産み出すまではまるで夢の出来事のようでした。幸い地球から運んできた実験器具はすべて損傷もなく、私は何の失敗もなく新しい生命の創造をやり遂げたのです。むしろ現実の倫理においては強烈な罪悪感を伴う作業であるはずなのに、私にとっては、神の御加護をうけ、祝福されている、という安らぎと幸福感がありました。染色体の成長を抑制する遺伝子を書き換えたことで、1ケ月後には、彼女はまるで死んでしまったドナの再来であるかのようにカプセルの中で微笑んでいたのです。完璧なクローンベビーとして…。

 しかし、私にはその束の間の幸せを噛みしめている余裕はありませんでした。私に残された時間があまりに短かったからです。それからは、眠る時間を惜しんで彼女が待ち受けている未来の考察とその対策の為に睡眠を削って取り組みました。まずは彼女を無事に地球に送り届ける事。そして人間のクローンである事実を隠したまま来るべきその日を迎えなければならない事。もし、その事が明るみになれば、現在の法律上彼女は間違いなく抹殺されるはずです。しかし、それは決してあってはならないことです。いずれ、われわれの地球を脅かす堕落した人類に最後の審判がくだされる日に、彼女は神に選ばれた人間として重要な役割を果たさなければならないからです。さらには、彼女の保有する特異な染色体を後世に伝える為に配偶者となるべきアダムのDNAの適正をも設定しました。(それはレスのヒトゲノムを理想DNAとしました。)ここまでの話を聞いて昔のSFにお決まりの、孤独な科学者の狂った妄想と思われるかもしれませんが、私は文字通りの孤独ですが狂ってなどいません。何よりもその事は聖書の元となる「創世紀」のさらに原典といわれる古代シュメールの創世神話に、明確に予言されているのです。さらに言えば遠い遠い昔、我々人類そのものが「神」と呼ばれたある科学者の手で、染色体操作によって生み出されたものであることも…。もちろんその知識は貴方が授けてくれたものでしたね。進化論における大きな謎であるホモサピエンスと猿人との「失われた環」を埋める回答がそこにある事も。

 そうなのです。進化したある惑星の住人が地球を訪れそこで出会った猿人のDNAを操作することによって誕生したのが我々人類であり、再び欲望という名の果実をただ食い尽くすだけの現代の猿人をさらに進んだ生命体に進化させるのも染色体操作によるものなのです。したがってドナには従来の人類が持ち得なかったある特殊な能力ももたせることにしました。その意味においてドナはオリジナルの人間を超えたクローンなのです。もちろんドナがそれらの大きな使命をやり遂げるためには大きな犠牲を払わなければなりません。まず光輝く人類の新世紀を築く為に、堕落した人間を整理すること。もし、私の想像どおりに外的な災厄によって人類が壊滅するのであれば彼女の手を下すまでもないでしょう。ただし、地球が退廃した平和を享受している状態を続けるならば、彼女のDNAに組み込んだ爆弾が目覚め確実に行動を開始します。選別と消去の日。しかし博士、その日を嘆いてはいけません。それは真に祝福された至福の時なのです。神の意志にかなうもののみが存在を許される真の楽園の輝かしき1ページなのです。過去には実際に我々人類の奴隷とすべくチンパンジーと人間の交配種を創造しようとした科学者もいたけれど、わたしは彼らや古代の神々のように自分よりも劣る生物を生み出し支配しようとは思いません。むしろ我々よりも優れた生物を生み出すことによって人類を次のステップへと進ませることがわたしの役割なのだ、と信じています。

 これが話のすべてです。私がドナを作り上げた本当の理由です。もちろんこの話を信じるも信じないもあなたの自由です。幼いドナを抹殺することだって簡単なことでしょう。しかしその決断をする前に今一度よく考えてみて下さい。地球に生きる現在の人間達は果たして地球の盟主として生きる資格があるのか否かを…。最後にお願いが3つあります。まず、この手紙の内容を誰にも教えない事。二つ目はドナをあくまで私とレスの人工授精によって生まれた子供として扱ってもらう事。最後にこのレターを記録したCDを丸ごと研究所のコンピュータにCOPYする事、です。

 そろそろペンを置きます。私の役目も終わりこれでやっと眠ることができます。ドナは仮死状態のまま緊急用のカプセルで航路の密集している火星上空に送り出します。それでは、いつか地球でまたお目にかかることを信じて…。そして、ドナが真の覚醒を果たす時を祈りながら…。


<エピローグ>
 その事件から7年後、レスリー・マクガイア博士は大脳生理学の研究成果によりノーベル賞を受賞した。事件当時、一部のマスコミによってさまざまな憶測が飛び交い、WAIDがある反政府組織によって完全に占領されたと報道した通信社は、一連の事件に博士も深く関与しているという疑惑を投げかけたが、博士はこれを完全に否定した。その後、博士が昏睡状態のまま眠りつづける自分の娘の記憶モデルを使って、C.L.S.という破壊兵器を作ったという黒い噂も流れているが真偽のほどは定かではない。
CDブックレットに載っているZUNTATAオリジナルストーリーです。明らかな誤字脱字は修正しています。
Story】でも書きましたが、このストーリーが発表されたことで後に発売されたものに書いてあるストーリーにはレスリーの名が出てきます。ブックレットには“この物語はZUNTATAオリジナルストーリーです”と書いてあるものの、フォースやストームの例もあり、CDに書かれた文章はファンに大きな影響を与えるのは目に見えています…。だからクライシスでは話し合ったのだと思います。
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