Curious Cat

RAYSTORM

Episode 1

1. GEOMETRIC CITY

 この都市には虚構と偽善の匂いが満ちていた。ここにひしめき暮す人々の存亡を賭けた戦いが今始まろうとしているにも関わらず、奴は全く動揺もせずに静かにいつもの朝の営みを繰り返そうとしている。エンジン作動。セーフティコントロール解除。ホーミングセット完了。破壊作戦開始だ。無線はさっきから管制塔の与汰話を垂れ流している。<…さすがに今度ばかりはやばいぜ。>ありがたいセリフを最後に離陸した。
 攻撃する敵はいつも無機質な銀色の仮面を被っているが、頭の中にある本当の敵はわからずやの組織だったり保守的な社会だったりする。前回のCOSテストでは見事に【反戦主義者】というレッテルも頂戴したが、反戦主義の撃墜王じゃしゃれにもならない。まあいいさ、今日出会う最初の標的には、何かに【反】する者達の思いを喰って増殖し続けるこの都市の名前をそのどてっ腹に刻み込んでやろう。

2. AQUARIUM

 湿った空気が換気口から流れ込んでくる。かすかに潮の香りがする。海だ。考えてみると、こうしてコクピットから眺める以外に海に行ったことは一度もない。前の対戦で使用された化学兵器や放射能の汚染がひどく、海岸線はほとんどが立入禁止になっているからだ。海に生息する生物もほぼ絶滅状態にあるらしい。
 それにしても、海中を泳ぎ回っていたあの物体は何だったのだろう?そして、それに気を取られている隙を狙って敵機に背後に回られた時、警告するかのように頭の中に鳴り響いた鋭い鳴き声のようなものは、単なる幻聴だったのだろうか。
 今や異形の住処となった海というAquariumはそれでも星の次なる支配者を生み出す準備をしているかのように、ますますブルーの輝きを増して行く。この戦いが終わったら海へ行ってみよう…。そんな事をぼんやり考えながら機体を上昇させて、作戦ルートへ復帰した。

3. MUDDLING THROUGH

 海から内陸部へ向かう。切り立つ崖を気にしながらしつこく蠅のようにつきまとう敵機を打ち落とした時、ふと、あの5才の頃の出来事を思い出していた。それは友達と教会の内庭に忍び込んで遊んでいた日の事だった。春の突風にあおられて、教会のバルコニーに飾られていたクリスタルの天使像が我々の頭上に落ちてきたのだった。友人の悲鳴に驚き顔を上げた時にはもう天使像は頬にキスが出来るくらい手遅れな距離にいた。が、次の瞬間不思議な事が起こった。天使像が頭をかすめて、庭石にたたきつけられキラキラ輝きながら砕け散る様子を、(あれは冠、あれは左目、これは親指)とスローモーションのようにゆっくり観察しながらすべてをかわす事ができたのだった。まるで時間が止まったかのように…。
 その後、軍の機関で尋問や検査が繰り返され、超高速性動体視力という特殊能力を有するという理由によって特別な施設に収容される事になった。そして家族ともそれきり会うことはなかった。

4. CATHARSIS

 大気圏を抜け、地球は青かったと、実感できるところまでやってきた。MOON GATEだ。明日からの潜入作戦を敢行するにあたって百名程の特別チームが組まれる事になったのだが、全員腕は確かだが組織に対する忠誠心は皆無というような連中ばかりだった。そして、何より彼らには自分と同じ匂いを感じとっていた。特殊能力の持ち主としての…。
 誰もいない母艦内のバーに一人、ドライシェリーで唇を濡らしながら、窓いっぱいに映し出された月をぼんやりと見ていた。月は鏡だ。決して一人では輝かないけれど、太陽の光を受けて静かに夜を照らしてくれる。地球で生まれた生物は、月のささやかな光に支えられ波の音を子守歌がわりに海の中を漂い進化を進めていったのだ。その進化のひとつが自分に与えられた特殊な能力だとしたら、彼女は一体何の為にこんな力を授けたのだろう?月という鏡に映る自分の姿はあまりにちっぽけで頼りなかった。

5. LUMINESCENCE

 戦線が再開されたが、奇襲攻撃を受けているにも関わらず敵の反撃体制は完璧で、局所戦における形成はどちらかというと不利だった。次々に飛び込んでくる偵察機の報告では、周辺に分散していた3つの敵艦隊が次々と集結しているらしく、艦内にはじりじりとした焦燥感と絶望感が充満していた。今朝の緊急対策会議では、前線に取り残された戦艦の救出作戦を巡って副官同士が銃を抜き合うという騒ぎもあった。
 しかしそんな喧嘩とはうらはらに自分の気持ちはひどく落ち着いているのを感じていた。理由は戦闘の光景がまるで子供の頃、『螢の丘』で見たそれによく似ていたからかもしれない。両親の顔すらも忘れてしまった自分にとっての、それは唯一の家族の記憶だった。初夏の夜の香りと、森を昼間のように照らし狂おしいように飛んでいた螢、両手に握りしめていた父と母の手のぬくもり、それらをひとつひとつ思い出すかのように標的を撃ち続けているのだ。

6. TOXOPLASMA

 疲労がピークに達している。こめかみのあたりが杭にでも打たれたかのようにズキズキと痛む。それでも『TOXOPLASMA』には手を出す気にはなれなかった。それは乗員の間に密かに流行している麻薬の一種で、服用すると恐怖感や緊張感を抑止し、さらに苦痛を伴うような行為にも快楽を覚えることができるというものだ。飲まない理由は別に道徳観念や宗教的理由によるというわけではなくて、恐怖感を覚えずに殺人に手を染めるという行為が自分の主義に反するという事と、この麻薬に関して上層部が黙認している、というより明らかに服用を促進しているふしがあるからだ。
 一度だけこの薬を試してみたが、雲の上から深い地の底まで落ちて行くような感覚に襲われ、頭の中で何者かが服従を強いている、そんな感じだった。…何かが始まる危険な匂いがしていた。

7. SLAUGHTER HOUR

 軍法会議でのその証言は聞くに耐えなかった。捕獲した敵側の母艦に乗り込んで行った彼らは、そこでありとあらゆる犯罪を犯したのだ。略奪、暴行、拷問、虐殺…歯止めを失った彼らは次に非戦闘員ばかりの定期便を襲撃し、爆破した。ところが、彼らはその状況が報告されている間も首をうなだれるどころか誇らしげに胸を張り、その目は殺戮の瞬間を懐かしんでいるかのようだった。そして本当に信じられないのはその判決だった。それは「殊勲3等を与える」というものだったからだ。しかしその瞬間、何が起こったかをおおよそ察する事ができた。何故なら出廷していたすべての戦闘員がイスを蹴って立ち上がり手を叩き賞賛の言葉を叫んだからだ。そしてその茶番劇が終わった後、一人の男が壇上にいた。「ご覧の通り、すでにこのチームは私の指揮下にある。我々の目標は採掘基地の破壊ではなく奪取である。特殊な能力を持つが故に苦しんできた同士達よ。その秀でた戦闘能力のすべてを使い、今こそ我々がこの世界を支配するのだ。」

8. HEART LAND

 作戦本部との無線は絶たれていた。この危険な状況を伝える術は他になかったが、その必要も感じていなかった。もともと誰かを守る、という大義名分があったわけでもなく、やみくもに指令に従う忠誠心も持ち合わせていないからだ。かといって、我々特殊能力者の支配する世界が薔薇色の未来であるとも思えなかった。色々な考えが頭をよぎり消えていったが、突然、海で聞いた鳴き声の事を思い出した。そうだ、あれはイルカの声だ。子供の頃の記憶を思い出したのだ。もしかしたらあれは海を殺し地球を殺そうとしている人類へのメッセージではないだろうか。そしてそのメッセージが命を救ってくれたのだとしたら、選ぶべき答えは一つしかない。『破壊』。地球すらも殺しかねない人間の欲望を増幅させるその根源を徹底的に破壊するのだ。誰の手にも渡してはならない。
 夜を待ち、母艦の発電装置を破壊させ、その騒ぎに乗じ離艦した。ずっと求め続けてきた答えがそこにある…。今はその事を信じるしかなかった。宇宙の彼方の地球に向かって出撃のサインを送り、そして、一人だけの戦争が始まった。
CDブックレットに載っているものです。明らかな誤字脱字は修正しています。
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